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モヤモヤ読書に向けて。
AAF学校in大阪「モヤモヤ読書」の影響で、宮本常一の本を読んでいます。
先日、「モヤモヤ読書」の指定書である『忘れられた日本人』を読み終えたので、つぎは「日本の村・海をひらいた人々」を読み始めました。
今日、鳥取の食堂でお茶を待つあいだに「日本の村」を読んで、ふと心に浮かんだことがありました。
たまにはこういう事務局スタッフのひとりごとブログもあってもいいだろうと思い、メモ程度に書いておきたいと思います。

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祖父が住んでいた家は、祖父が生まれた時からあったそうです。祖父は昨年、92歳で無くなりましたから、築100年は経ていたろうと思われます。
もちろん、分家の分家ですし、貧乏な家ですから、たいした屋敷ではありませんし、田舎にはその程度の築年数の家はいくらでもありますから、とくに目立つところのある家でもありませんでした。
屋根の朽ち果てかけた祖父の素朴な家について、これまで深く考えたことがありませんでしたが、「日本の村」を読んでいて、ふとその家でのコトを思い出しました。
この「日本の村」の前段は、屋根のかたちや間取りについての描写と、民俗学的な説明です。"少年少女"に向けた本ですので、たいへん分かりやすく、僕でも読み進めることができます。
この本によると、もともと古い家は、主家と料理をするカマヤに二つ別れて棟があったそうです。それが、生活する場所と火を使う場所とが二つに別れていてはなにかと不便ですから、時代を経るにつれだんだんと一つにつながり、ひとつの家になっていきました。そして、土間と座敷の間にある梁は、トイカクシと呼ばれるようになりました。雨樋を隠すということからも、かつては棟が別だったことが伺えます。いまはその名前すらも忘れられようとしていますが、その名残として残っているのは、ふたつの玄関だそうです。
そのふたつの玄関について、こう書いてありました。
「トイカクシという名をきくことのできなくなった家でも、勝手口のほかにげんかんをもっている家は、じつに多いのです。(中略)私たちには、家へ入るのに二つの入口が必要であったことを、ものがたっています。なぜなら、もと家は二軒からできていたからであり、二つの家の使用する目的もちがっていたために、家が一つになっても、入口が二つ必要だったのでしょう。(中略)私の考えというのは、主家のほうはもと神様をまつる所だったと思うのです。(中略)その家には、けがれたものを入れてはならない、という考え方がありました。これにたいして、カマヤのほうは火をたく所であり、また日常生活する所だったと思います。カマヤで、くらしをたて、別の家で神さまをまつる。その神さまをまつる所で、夜は人もねむったのでしょう。」
欧米の家にも同じように勝手口があるのを映画やドラマでよくみかけます。西洋建築を取り入れた現代の家にももちろん勝手口がありますが、たしかに祖父の家と、近代的な我が家とでは勝手口のもつ役割や意味がずいぶんと違います。
祖父の家は、料理をつくるお勝手は、灰色の土を固めた土間になっており、座敷よりぐっと低くなっていました。僕が子どものころはすでに土間に水道がひいてありましたが、井戸が屋外にありましたから、むかしは洗い物は外に出てやり、勝手口からものを出し入れします。厠ももちろん外にありましたから、勝手口から出入りします。そんなときは通りに面しているおもて玄関から出入りすることはありません。子どもの頃は、おもて玄関を使うことがためらわれました。普段おもて玄関をめったに開けることはなく、いつでも勝手口から出入りしました。お勝手の土間は、外と家のどっちにも属さない中間空間のような印象があり、すんなりと家に入ることができました。それにひきかえ、おもて玄関から入るのは、なにやら余所の人みたいな感じを受けたもので、仰々しく、他人行儀な印象がしました。不思議なもので、勝手口から入る座敷と、おもて玄関から入る座敷とは、同じ座敷なのに"心持ち"がずいぶんと違うのです。
いま思い起こすと、おもて玄関からは真正面に神棚が見えますが、勝手口から見えるのは、座敷を通して納戸と奥の間でした。
大人が普段使わないものですから、おもて玄関から入ることが子供心になにやら恐ろしくもありました。
ケ(褻=日常)とハレの違いは知識としてわかるようになりましたが、子どもの頃の"なにやら気になる感覚"はいまでも鮮明によみがえります。
僕が小学生の頃というのは、1980年代中頃のことですが、かつて主家とカマヤが二つに別れていたころの、「記憶の名残」はいまでも残っているのかもしれません。

今日、もうひとつ同じような"なにやら気になる感覚"を味わいました。
フォーラム開催に向けてお伺いをするにあたり、たいへん立派なお屋敷を訪問しました。母屋の玄関の控えの間には、枯山水が描かれたみごとな屏風がありますし、もしかしたら武家屋敷なのかもしれません。
当然ながら家の構造からなにから、田舎の祖父の家とずいぶん違います。百姓の村とは違い、鳥取といえばかつての城下町ですから、庭、の意味するところもまったく異なります。お屋敷を訪問させていただいたのは今回で二度目ですが、以前伺ったときからずっと"気になる"ことがありました。それは、客間のお座敷の畳の上には立派なむしろが敷いてあることでした。
はじめは、畳が痛まないようにされているのかなと思いましたが、たいへん立派な籐むしろですから、どうも違うふうに思われました。
「日本の村」には、たたみを紹介するくだりでこのようなことが書いてありました。
「床のある家に住むようになってくると、人々はそのすわる所だけを藺などでおったり、またあんだりしたしき物をしくようになりました。それは、たたんでおくこともできたので、たたみといったのです。そして、たたみのうらに、いまのようにわらのあついトコをつけるようになったのは、あたらしいことです。(中略)また、どこの家でもきれいなよいむしろやござの四、五枚は、いつもしまっておいて、お客のある時にはしいたものでした。とくに、イロリのそばの、その家の主人のすわるところには、むしろやこもをしいておいたものです。(中略)あたらしいむしろは、ふつうの客にはしかせないものだ、とのことでした。町の家で、ざぶとんをすすめるよりはもっと心あついもてなしなのです。そういう気持ちを旅人としてくみとることは、なかなかむつかしいので、見た眼につまらないものだからといって、おろそかに思ってはならないのです。」と、ありました。
いまでいうところの客間に敷く絨毯と同じような感覚だろうと思いますし、それほど大それたことでもありません。でも、こういうことに遭遇したときに、なにかしら"忘れてしまった感覚"がふと呼び起こされることがあります。



今回の「モヤモヤ読書」で試みてみたいことは、そんな、"日常にあるなにやら気になる感覚"に耳を傾けてみたいということなのだと、改めて確認したのでした。
それが、昨年のAAF学校で、最後に櫻田さんが問題提起をしておられた、「考えるということ以前の『違和感』を自覚することの大切さ」に向き合うことであるように思っています。

AAF学校in大阪、残るは初回のみとなりました。
ご予約はお早めに。
by artsnpolink | 2010-11-17 00:28 | ●事務局つれづれニッキ
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